2009年10月26日月曜日

「BOPビジネス」の多義性

 昨今の「BOPビジネス」に関する論評を見ると、そのとらえ方や定義が論者ごとに異なることがわかって興味深い。

たとえば藤井(2009)は、「独り歩きする“美しいBOP”:社会貢献・利益追求の混同は危険」の中で、まずBOPビジネスをBOP1.0(BOPをモノを売る市場としてのみとらえる視点)のベースで定義している(そう定義しているのだからそれ自体は問題ではない)。また(本フォーラムと同様に)BOPビジネスは営利活動である、とも定義している。そのうえで、「『BOPビジネスとは貧困対策のために行うビジネスである』、と(中略)不必要に公共性を前面に出した誤解が広がりつつある。」と述べている。たしかに「BOPビジネス」をBOP1.0のモードで解釈する限り、そこに「貧困対策」という「公共性」を主張するのは、著者の指摘通り行き過ぎであり、誤解と言ってよいだろう。

nouvelle shinoiseの最新エントリー美化されるBOPビジネス…、甘い言葉に要注意」2009.10.26は、上記藤井(2009)と類似したタイトルであるが、BOPビジネスのとらえ方は異なっている。なぜならば、「美化されたBOPビジネス」として示されている事例が、英国の営利企業(Diageoというビール会社)が設立したDiageo財団による非営利のフィランソロピー活動だからである(注:財団法人は定義として非営利)。この場合、企業が設立した財団が地理的にBOPで展開する非営利の貧困解消活動も「BOPビジネス」の範疇に入る、ということになる。非常に広く「BOPビジネス」をとらえていることになる。

一方、いわゆる「美しいBOP」とは無関係の論評であるが、日本総研の竹林正人氏による「BOP市場参入にみる企業の組織イノベーション能力」は、BOPにおける事業活動に対し、個々の企業はそれぞれの能力・意図に従って異なるアプローチをとるべき、という前提で議論されており、個別企業の異質性を前提とする本フォーラムの企業戦略の視点に大変に近い。

このように、ある概念・考え方・現象が新たに議論され始めている現在、本フォーラムを含め背景の異なる論者ごとに同じ言葉が異なる定義を与えられている。そうした現象は十分に起こり得ることだ。従って、「BOPビジネス」に興味を持つ人々は、同じ言葉の含意が論者によって異なっていることを意識すべきである。さもなくば理解に混乱が生じよう。また、そのような異なる定義の下ではapple to appleの生産的議論が成立せず、水掛け論が生じることもあり得よう。これでは誰にとっても益がなく、本来目指すべき止揚も期待できない。

繰り返しになるが、本フォーラムでは、BOPに対しては多様なアプローチの可能性があることを、そして多くの人間活動の背景には善意が存在することを前提に考えている。実務的・学問的背景の異なる論者が、建設的批判と生産的議論を行う素地が整っていくことを期待しよう。

<参考文献>
竹林正人(2009)「BOP市場参入にみる企業の組織イノベーション能力」日本総研Sohatsu Eyes2009年10月14日:
藤井俊彦(2009)「独り歩きする“美しいBOP”:社会貢献・利益追求の混同は危険」国際開発ジャーナル, 2009年10月号, p.8-9.

2 件のコメント:

  1. こんにちは。いつも拝見させていただいています。槌屋と申します。ブログにリンクを頂いて、ありがとうございます。(いつも御礼が遅れておりました)

    さて、私の投稿でのBOPビジネスの定義を読み取っていただいたようなのですが、私の今回の投稿で定義について意識的には記載していなかったので、大変失礼いたしました。分かりにくい文章でした。
    私もCSR活動、フィランソロピー活動はBOPビジネスには入れずに考えておりまして、むしろ竹林さんの論壇に近いと思います。誤解を招く表現で申し訳ありませんでした。
    (ただDiageoの場合は水浄化フィルターの納入ビジネスと無償配布が混在していると思います。この場合は、住友化学さんの初期の状態をBOPビジネスと呼ぶのであれば、この状態もBOPビジネスと呼ぶのか、どうか、というところが、私には疑問が残っており、そのあたりのご意見、伺えれば幸いです。)

    BOPビジネスの定義については、非常に難しいですが、「定義を決める」ということの意義について昨今悩んでいる次第です。また、考えを固め次第、ブログなどでも投稿していく予定です。
    引き続き、色々とご助言いただければ幸いです。
    どうぞ宜しくお願いします。

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  2. 槌屋様、

    ご意見賜り、ありがとうございます。

    すでに実際の活動に着手している現場の視点からは、この種の定義は単なる言葉遊びに感じられるだけで、意味をなさないでしょう。

    ただし、「BOPビジネス」という言葉を用いて、これから取組を行おうとしている組織や個人の資源配分や行動原則、行動内容の決定に何かしら参考になる知見を提供しようという意図で議論を行う場合、鍵となる言葉の意味を論者ごとに異なって理解していて、それを明示せずに論評を続けると、読む側は混乱し、不要な論争を惹起する恐れもあると思われます。その事態を避けるためには、やはり論者ごとに正確な定義を行っておくことが「親切」であろうと思います。

    もっとも、全員が同じ定義を共有すべきとは思いません。こうした論評や論文を見て、たとえば個々の企業が、どの定義を自社の資源配分の原則に最も適したものとして選択するかは個々の企業によっても異なるでしょうし、それで当然だと思います。むしろ多様な意味付けがなされ、整理された形で複数の選択肢が示されるとすれば、そのほうが意味のあることだと思います。

    ご指摘の、無償配布と営利ビジネスの混在について。まず、料金の徴収だけでは必ずしもその活動が営利か非営利かを判断できません。そこで仮に、無償配布と有料の営利ビジネスが同時に存在(もしくは当初無償で徐々に営利事業化)しているとします。ここで実態として、無償提供が明らかに営利事業のプロモーションになっていると判断できれば、それらは一体として営利事業の一環であるとみなすべきでしょう。しかし、そこは実態をよく見て判断すべきと思います。

    国際開発ジャーナルの連載、毎号貴重な事例として拝見し、研究活動の参考にさせていただいております。

    岡田

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